生きるのが難しい時代

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生きるのが難しい時代

2025/03/20

誰が悪いわけでは無いのですが

認知の見極め

私が所属するお寺に永代供養の書類の事でお邪魔しました。住職は相も変わらずお元気そうでしたが、庭に咲く梅が今年は未だ咲かないそうです。例年、彼岸の終わりまで持つかどうかで咲く梅の花、未だ固いつぼみのままでした。

彼岸前に神戸では異常な寒の戻り、北の方では雪も降ったそうです。今年の夏も又、異常な暑さに成るのでしょうか。

体力が弱って来ているのも関係するのかも知れませんが、ここ暫く年々暑くなって行く気がします。大丈夫だろうか?ふと、そんな事を考えます。

2025年に成りました、今やテレビもマスコミも何も言わなく成りましたが、団塊の世代が後期高齢者へと成って行きます。これもあまり知られてない事ですが、今年に成って(厳密には昨年末から)お亡くなりに成る方が急激に増えています。これは正式な発表データーからでは無いのですが、葬儀屋界隈の話では異常と言えるくらい葬儀の件数が出て居ます。

後見の申し立ても増えて居ます、これも正式なデーターは有りませんが、市町村申し立てが増えて居る感じがします。あくまで個人の感想ですが、身元保証も増えて居ます。

ひと昔なら、還暦が人生の大きな節目でした。60年無事に生きたと皆で喜んだものです。米寿と成ればもう神様、仏様の領域に感じたものですが、今や88歳は当たり前の世界に成って居ます。

70代後半、80代前半で旅立たれれば、ちょっと早いと感じるような時代に成りました。知らぬ間に高齢化は進んで居ます。

世界一の長寿国に成りました、その事で抱える問題もきっと世界一のなのでしょう。

高齢で独居、高齢で夫婦、高齢で障害を持った兄弟、頑張れば頑張るほど世間から孤立して行きます。行政の地域包括も、全てに目が届く訳では有りません。在宅でも、支援1,2では充分と言えるサービスが受けれるかと言えば疑問です。何より、夜間は当然一人に成る訳です。それでも未だケアマネが付いて居るのは良い方で、自身、どうしてよいか解らず、悩む事も無く厳しい生活続けて居られる方も居ます。

令和のご時世に電気が止まった家、ガスが止まった家、結構有ります。お金が無いわけでは無く、支払いの管理が出来ないのです。

お買い物も出来る、食事も洗濯も、掃除も出来ます。ただ、通帳、カード、家の鍵なんかは良く無くします。

それでも支援1か、良くて2が下りる位です。認知と言えば認知なのでしょうが、それでも認知の判定が下りたとして、生活はどう変わるのでしょうか。

SNS,キャッシュレス、便利な時代に成って来ました、それでもその恩恵に全く恵まれない人も結構います。キャッシュカードも持たず、窓口でお金をおろす人も居ます。それで問題は無いのでしょうが、時の流れには付いていけてません。

日本は本当に良い国で、近所の方が無償で見て居る場合が有ります、大家さんが近所の薬屋さんが、生活費まで見て居る場合が有ります。

しかし、それに頼る訳には行きません。一人で生きて行かなければ成りません。

子供の頃に見た空飛ぶ車、腕時計に向かって話をする、コミュニケーションのひとつとして当たり前の様に成って居ます。胸躍らして、待って迎えた未来の現代、確かに便利には成りましたが、生きるには難しい時代に成ったのかも知れません。

少子高齢化、技術が進歩してもどうしようも無いのかも知れません。

 

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