和讃の会ができた理由

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和讃の会ができた理由

2020/11/13

NPOに成った理由

最初はお葬儀の相談窓口として

コロナウイルス騒動は思ったより早く第3波が来そうです。昨日12日兵庫県は最高の81名、今日も69名とここしばらく数字が大きくなりました。だからと言って経済を止める訳にも行かず、なんとなくGOtuイート、トラベルも続いて居ます、テレビで政治家の方たちの物言いも何ともはっきりしません。本当に難しいかじ取りだと考えます。今、入居で頻繁にお伺いしていた施設も昨日から面会は出来なくなりました。

パソコン屋さんと打ち合わせをして居ます、タブレットを使った新しいコミュニティの創設。単に直で連絡が出来るだけでは無く、安否確認も兼ねて新しい設備の構築が急がれています。会員限定に成りますが、これで暫くは又、面会が出来ない状態が続くと考えられます。長い方では今年の2月から面会が出来て居ない方が居ます。施設から報告は入りますが、急務かと考えます。

今回は直接終活とは関係有りませんが、和讃の会が立ち上がった経緯をお話ししたいと思います。今居る理事を含め会のメンバーの大半は元葬儀屋さんです。しかも大手互助会で働いて居ました。当時は式の相場が未だ100~250万位で直葬と言うものは有りませんでした。家族葬と言う言葉がやっと出てきた位です。その頃のお葬儀屋さんは、それこそどんぶりでアバウトで仕事をして居ました。見積もりアバウトな感じ、それでいて説明の付かない商品、意味の解らない商品(棺の顔の周りにレイフラワーを飾る、仏式なのに棺の中の故人様にドレスを着せるなど)を売る事を強要されていた時期です。

その中でこのままなら俺達、まともな死に方をしないぞ、そんな話をして居ましたがせめてお葬儀に関して相談に乗れる方法は無いかと考えた人間が居ました。それが和讃の会の始まりです。取り合えず相談窓口としてボランティア団体を立ち上げました。「グループ花音」と言う団体を東灘に登録しましたが、実際活動には至りませんでした。活動に責任を持つ、活動を明確にしようという思いでNPOに移行する事を考えました。単純に議論するだけでなく、活動に責任を持つためにも必要だと考えました。

それから審査を受け紆余曲折有りましたが、7年前の10月2日、和讃の会は特定非営利活動法人として認可されました。直ぐに有ったお葬儀相談、未だ40代の女性でしたが肝硬変を患い僅かと言う事で万が一の事を考えて身元保証、後見契約を始めて契約しました。日常の身上監護(看護)の中で、どうしてもケアマネやヘルパーさんとのやり取りで解らない事が多すぎます、勉強の意味を兼ねて介護事業も手がけました。お墓に関しても業者に任すだけでなく自ら現場に向かいました。墓石を開け納骨もしました、遺品整理も業者に任せるだけで無く、生活ゴミとして処分出来る事は処分します、今なら初めてお伺いした家でも直ぐに費用は出ます。業者に丸投げはしません。身元保証に関しても、我々スタッフがいちから考えて来ました。途中ライフ協会の詐欺事件が有り、又その残党が暗躍していると言う事も有り、現在に至ってもなかなか評価されないと言うのが現実です。それでも今年くらいから少し注目を集めている事柄だと思っています。保証人は入院、入居には必須です、又後見契約(高齢者の後見契約は任意後見契約です)も現場で動けるかどうかが問われる時代に成っています。緊急時の対応、現場ではしなく成って来ていますし、又出来ないと言うのが本当の所かと考えます。

立ち上がりから7年、やっと車が動き出しました。安定走行まであと3年と考えています。会費も取らずになんとか会の運営が成り立っているのはお葬儀に携わっているからです。これからも会費は取る事は無いと思います。唯、現在開発中のタブレットを使った見守りシステムには会費は必要だと思っています。

一昨年、53歳の若さで旅立たれたSさん、貴女が和讃の会の始まりの全てでした。手探りの7年でしたが、終活はまだまだ形には成って居ません。何年か先に振り返った時、あの時止まったと言う事が無いように走り続けていければと考えて居ます。

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